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オーストラリア大学院留学日記
by yoshi_taka1009
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長い間、ありがとうございました。

留学生活を綴る日記というブログでしたので、これを持ちまして、当ブログを終了したいと思います。日常の日記に関しては、引き続きMIXIの方で続けたいと思います。
長い間、ご愛読、ありがとうございました!
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# by yoshi_taka1009 | 2007-05-05 21:48

今日、僕は卒業した

英語がわからず、落ち込んだ事もあった。

レポートの期限にせまられて、徹夜を繰り返した事もあった。

あまりのストレスで体を壊し、蕁麻疹に悩まされた事もあった。

人間関係がこじれて、勉強が手に付かなくなった時もあった。

就職活動に時間を取られて、単位を落としそうになった事もあった。








どんなにつらくても、いかなる状況においても、僕は前へ進んだ。

文字通り、歯を食いしばった。

そう、すべては卒業のために。

そして今日、僕は卒業した。

二年半の努力は、今日、この日のためにあったのだ。

そう思えるような、素敵な卒業式だった。







式では、ハリーポッター風の服を身にまとい、博士帽をかぶった。

「ミスター よしたきゃ、しみーじゅ」

英語なまりで僕の名前が呼ばれた。

僕はスタスタ歩み出て、握手を交わし、大学長から卒業証書を受け取った。

「おめでとう」

大学長の、ふいの一言は胸に染みた。

「ありがとう、おっさん」







卒業式後は、フェナーホールの友人達が笑顔で迎えてくれた。

思い出の場所に行き、何枚も写真を撮った。

クラスメイトとも最後の別れを惜しんだ。

今まで何人もの友人と出会いと別れを繰り返してきたが、まさか自分が見送られる側になる日が来るなんて。

少し信じられなかった。








だが、別れのさみしさと共に湧き上がる感情は、感謝の気持ちだけだった。

父、母、祖父母、今日までどうもありがとう。

フェナーの皆、お世話になりました。

クラスメイトの戦友達、サンキューべりマッチ。

そして、今日まで僕を応援してくれた友達の皆、本当にどうもありがとう。

励ましのメール、いつも心の支えでした。






有森裕子が銀メダルを取った時、

「自分を褒めてあげたい」

と言っていたが、

そんな感じです。

今日だけは、自分を褒めてあげたい。

人生で初めて全力を尽くしきった二年半でした。

我が留学に悔いなし。









明日、帰国します。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-12-14 22:56

オーストラリア大冒険5

キャンベラ編


さて、タスマニア、ウルル、グレートバリアリーフ、シドニーの旅行から帰ってきて思ったのは、「やっぱりキャンベラが一番」という事だ。木ばっかり生えてるとんでもない田舎(一応首都です・昔シドニーとメルボルンが首都争いをしたときに決着が付かず、両者の間を取ってキャンベラになったらしい)なのだが、僕にとっては第二の故郷であり、フェナーホール(僕の寮)はもはや我が家なのだ。散歩していていつも思うのは、街が自然と同化しているという事だ。僕は9階に住んでいるので、そこから景色を見下ろせるからわかるのだが、個々の家々が緑に埋もれているのだ!よく手入れされている庭がほとんどで、まるで楽園のような光景が広がっている。僕はキャンベラの街が好きだ。


しかし、二年半も住んでいて、観光メインの国会議事堂に行った事がなかった。戦争博物館(日本は豪州も侵略している・豪州が唯一本土で戦ったのは日本軍だけ・日本人で知ってる人は少ない)には二回、国立博物館(オーストラリの歴史は400年足らず・歴史的展示物は限られている)には一回、国立美術館一回、そしてグリフィン湖・国立ボタニックガーデンには何度も足を運んでいたのだが、議事堂は行ったことがない。まぬけだ。という事で、卒業式一日前に単身乗り込んできた。上院は緑一色、下院は赤一色だった。どうやら建築資源の当時の予算上、そうならざるを得なかったようだ。それでも日本の議事堂と同じく荘厳な雰囲気があったし、例のオーストラリアの紋章がかっこよくフロントに飾られていた。


キャンベラは奈良とも姉妹都市の関係にあり、毎年キャンドルフェスティバルも開かれる。また、キャンベラは政治と教育の町と言われている。なるほど、議事堂と母校オーストラリア国立大学、それから国立図書館がそびえたっている。僕は勉学を修めるにあたって、キャンベラで良かったと思うのは、そうした環境にある事と、田舎で勉強以外に何もする事がないという二つの要素があるからだ。自然の中で育った僕にはキャンベラはどこか故郷に共通したものを感じさせる。スペースのとり方も大胆で、おおらかな気分になる。そして、空が広く、夜になるとどうしようもないくらい綺麗な星空が見える。


何度も言う、僕はキャンベラの町が好きだ。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-12-13 22:52

オーストラリア大冒険4

シドニー・ブルーマウンテン編


シドニーへ来てすぐに訪れたのは、当然、オペラハウスとハーバーブリッジ。僕は何度も来てるのだが、さすがシドニーの象徴的存在だけあって、見ごたえは十分だ。友達はシドニーの町並みに関心があったので、僕も歩いた事のない道を歩いたりしたが、どこもヨーロッパとはまた違ったシドニー独特の雰囲気があって、僕は結構好きだ。特にダーリンハーバー付近の噴水等に工夫がしてあって、斬新なデザインが印象的だ。


二日目はブルーマウンテンとジェノラン洞窟へ行った。ブルーマウンテンも二回目だが、いつ行ってもあの脅威の大自然には驚嘆するばかりだ。が、ジェノラン洞窟は初めてだったし、一時間半にわたる鍾乳洞見学には感動を正直感動を覚えた。洞窟内は見学者ようにきちんとライトアップされていて、安心して廻れた。一言で言えば、自然が作り出したアートだった。何千年かかけて、少しずつ鍾乳洞が形成されたのだと、ツアーガイドが解説していた。歴史の長さと自然の雄大さが感じずにはいられない時間を過ごした。


そうそう、余談だが、ツアーガイドによると、オーストラリアの紋章にエミューとカンガルーが選ばれているのだが、理由があるのだそうだ。二年半の間、なぜその二種が選ばれたのかずっと不思議だった。ここは、カンガルーとコアラだろ、とか思っていた。甘かった。エミューとカンガルーはその骨格上、後ろに後戻りできない体のしくみになっている。そこで、それにちなんで、オーストラリア政府も、いつも前に進んでいこう、というわけだ。ちょっといい話だ。


三日目はサンデーマーケットでお土産を買いあさり、フィッシュマーケットで昼ごはんを食べる。ロブスターやらえびやら貝やら新鮮でおいしいものばかりだったが、結局すしが一番うまいという見解で全員一致した。午後はオーストラリア博物館へ。オーストラリアの鉱物資源から始まり(アメジスト原石が安く売っていたので買ってしまった)、オーストラリアの鳥、野生動物の写真(賞を取ったものばかりで、凄かった)、そしてアボリジナルアートを堪能した。オーストラリアといえば、いままでカンガルーとコアラだと思っていたが、これからは違った話もできるようになれそうだ。


四日目、友達が日本へ帰った後で、一人水族館と海事博物館へ行った。グレートバリアリーフで珊瑚の美しさに取り付かれた事もあり、珊瑚についてもっと知りたくなったのだ。珊瑚にはたくさん種類があるのだが、どれも大体は藻類が寄生しており、太陽の光をエネルギーに代え、プランクトンを食べる。そう、珊瑚は植物ではなく、動物だったのだ。そして、ニモで一躍有名になったクマノミなどが棲家にしているのだ。アネモネやクラゲも一応珊瑚の仲間らしい。熱帯魚と珊瑚、アネモネが一同にそろうと、色の運動会というか、その鮮やかでカラフルな色彩に目を奪われない人はいないのではないだろうか。他にも、サメやらエイやらオットセイやらナポレオンフィッシュやらの餌付けまで見れた。


他にシドニーで今まで行った場所といえば、チャイナタウン、ルナパーク、紀伊国屋書店、タロンガ動物園などであったが、今回はまた違ったシドニーの一面を見る事ができた。都会には都会のよさがある事を、シドニーの街は教えてくれた。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-12-13 22:50

オーストラリア大冒険3

ケアンズ周辺・グレートバリアリーフ編


「っていうか、俺らオージーに行くから」


そんなメールをもらったのは今年の半ばだろうか。高校の親友二人が卒業式前にやってきた。目指すはグレートバリアリーフただ一つ!ケアンズ空港で落ち合い、アーリービーチへ向けて12時間のバス旅。しかし、久しぶりの会話は弾みに弾んで、時間は瞬く間に流れていった。


そして、ホワイトヘブンズビーチへ!いやほんと、天国みたいでした。砂に不純物がまったく混じってないので、ビーチが真っ白。海もどこまで行っても透き通っていて、あまりにも美しい。パラダイスと呼ぶにふさわしい、これぞリゾートなのであった。ただ、クラゲ防止のために全身タイツを着用せねばならず、ビーチ沿いには大量のモジモジ君が発生していた。熱く愛を語り会うカップルも、全身タイツのモジモジ君。そのギャップがたまらなく好きでした。野郎三人の僕らは完全に浮いているので、質全的に誰かを砂浜に埋める事になった。もちろん、僕が埋められました。


二日目は珊瑚を見に、グレートバリアリーフで初のシュノーケリング!顔を水面下にもぐらせてみると、そこには竜宮城が!珊瑚がところせましと色とりどりにその美しい姿を輝かせていた。更に、もう手が届く範囲で熱帯魚達は優雅に泳いでいるではありませんか!おいおい、ニモがたくさんいるよ。珊瑚と共生している様子が手に取るようにわかるのだ。それくらい海は透き通っていた。まさかまさか、これほどまでに綺麗な光景を拝めるとは思ってもみなかった。この旅でベストワンの思い出となった。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-12-13 22:50

オーストラリア大冒険2

セントラルオーストラリア・ウルル編


せっかく豪州に来たのに、世界の中心で愛を叫ばないで日本に帰っても良いのか!!??そう考えた僕は、一人、アボリジニの聖地、ウルルへ旅立った。え?ウルルって、ただの岩じゃん。そう思っていた自分は浅かった。


結論から言おう。ウルル、ファンタスティック!


まず最初に、アボリジニ文化センターに寄った。僕はアボリジニアートが結構好きで、何枚か購入した。彼らの絵は独特で、点々を積み重ねて、カンガルーだったり、とかげだったり、足跡だったり、その土地でしかみられない物を対象に描く。中にはスピリチュアルな抽象画もあっておもしろい。また、アボリジニの人はいまだに採集をして生計を立てているので、そのために使う道具なども展示されていた。ツアーコンダクターがアボリジニの文化的差異についても話してくれた。僕らは普通目と目を合わせて人と話すが、彼らは横に並びながら談笑する、など、びっくりする話をたくさんしてくれた。


次に、ウルル周辺を散策した。アボリジニ文化保存のため、ウルル登頂はなるべく禁止されている。映画で骨の灰を撒くシーンがあるが、あれはアボリジニの禁を破って登頂しているのだ。アボリジニ文化に対して、かなりの失礼なのだ。そして危険極まりない。毎年、何人も登山中に亡くなっている。登山は出来ないが、ウルルの周りを日の出と共に一周して歩いてまわった。聖地であるため、写真を禁止しているところもあり、始めてみる光景に目を奪われた。特に、カエルの鳴き声が幻想的なムードを演出し、水が湧き出ている場所があった。聖地にも指定してあり、なんともいえない荘厳な雰囲気に包まれていた。写真や映像では決して描ききれない「何か」を感じさせた。途中、アボリジニ壁画や女性を祭る岩などもあった。岩の形から何かの動物を類推したりしているようだ。


オルガ郡系にも寄った。ウルルは一枚岩としては世界最大だが、連なる岩山としては、オルガの方がずっとスケールが大きく、印象的だった。日の入り時の夕焼けに映えるオルガは雄大で、気が引き締まる感じがした。元々、セントラルオーストラリアに来た理由は、地平線に沈む太陽を見てみたかったからなのだ。西に沈む太陽は空を真っ赤に染め上げていた。そう、空が燃えていた。あまりの美しさに、僕はその場に呆然と立ち尽くしていた。毎日この雄大な空を拝んでいるアボリジニの人々は、きっと知っているのだ。太陽の偉大さを。


この旅では、アボリジニ文化に相当触れる事が出来た事が嬉しかった。長澤まさみ、ではないが、彼らの自然に対する考え方などに興味を持つようになった。ウルルはアボリジニの聖地であり、精神的支柱である事の意味が、うっすらとだがわかったような気がした。彼らから学ぶ事は多い、それだけは確かだ。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-12-13 22:49

オーストラリア大冒険1

タスマニア編


自然を守る勉強がしたい。それが豪州へ修士号を取りに来た理由だった。しかし、このままでは豪州の大自然を堪能せずに終わってしまうのでは!?危機感に駆られた僕は、クラスメイトであり、戦友でもあるタイ人ノップと共にタスマニアツアーへ参加したのであった。


結論から言おう。タスマニア、最高。


特に印象的だったのは、フレシネ国立公園のワイングラスベイとクレイドル山だった。ワイングラスベイでの登山は、急な岩山をよじ登っていくという危険かつ体力を消耗するツアーだったが、登頂後に山頂から見下ろす景色は圧巻だった。海の青さ、山の緑、空の広さ、何を取ってもパーフェクトだ。


クレイドル山は前日に雪が降ったおかげでとても綺麗な雪景色の中登山できた。そう、夏なのに雪が降ったのだ。タスマニアはキャンベラより南に位置するため、かなり気温が低いのだが、さすがに夏に雪が降ったのでしっかりニュースで報道されていた。登山中に目にする数々の湖が青く透き通っていて、幻想的な雰囲気をかもし出していた。僕らはまったく手のつけられていない美しい景観に心を奪われていた。これぞ守るべき自然!環境マネジメントを勉強できて良かった。


ツアー中、日経ブラジル3世の女の子二人と仲良くなった。一緒に夕飯を作ったりもした。そういった中で、彼女らの祖父母がブラジルに移民する際、どういった仕打ちを受けたのか、教科書には載っていない事実をたくさん教えてくれた。政府にだまされ、ブラジルでも苦労を重ねたそうだ。また、そのうちの一人は日本在住で、ソニーの工場で働いていた。日系ブラジル人が単純労働者として日本にたくさんいる事など、知りもしなかった。かなりショックだった。


もう一つ感じたことは、同じ日本人の血を受け継いだ彼女らは、僕ら日本で育った日本人とは文化も考え方も全然違うのだ。まず、ブラジル人だけあって、サッカーの話になると興奮して話す。それから、少々の日本語はわかるらしく、「あー、かわいーねー」とか、小さい頃によく祖父母から聞いた言葉を覚えているのだが、基本的に日本語は全く話せず、ホルトガル語を話す。日本人のように、愛想笑いとか一切しない。笑いたいときにだけ笑う。全然違う。でも、やはり顔だけは日本人に近いので、どことなく親近感を持ってしまうし、それが彼女らと仲良くなった理由なのだろう。


ツアー中は、いろいろあった。まず、自動車が森の中でパンクした。行きかう車と衝突しないよう、ツアーのメンバー達は交通整理に明け暮れた。なかなか止まってくれない車も多く、体を張って止めにかかったら、皆から爆笑された。「ナイスカーストップ、よし!」。冗談まじりにイギリス人達からお褒めの言葉を。。。あとは、対向車線から、牛の大群が来た事もあった。ツアーコンダクターは、「よくある事だ」と言っていた。タスマニア文化に触れた気がした。


極めつけは、ツアーコンダクターのキャラだ。濃い。桟橋をわたる時に、念のために一人ずつ渡ってください、という注意書きがあるのにもかかわらず、わっさわっさと橋の上で橋を揺らしまくる不届きものがいた。誰だ、このモラルのない観光客は!と思ったのだが、よく見ると僕らを先導するツアーマネジャーではないか!!って、日本じゃありえないでしょ、普通。注意する側でしょ、ねえ。「ゆーあーくれいじー」とだけ言っておいたけど、まあ、このツアーマネジャー、他にもいろいろと問題がある人だったので、あとは省略。皆であとで陰口たたきまくっておいた。


他には、魔女の宅急便のモデルになったといわれるパン屋に行ったり(気球の歩き方ではデマだと書いてあるが、、)、海際の砂漠で昼寝したり(僕だけだが)、カタラクトゴージで自然を満喫したりした。ワイルドライフパークでは、カンガルーが逃げずに寄ってきた。タスマニアデビルがガツガツ肉を食べ争っている光景も写真に収めた。まあ大方、30分くらいの森の散策が一番多かった。


総括すると、タスマニアは自然の美しい島だった。時間の流れもゆっくりで、そこに暮らす人々も寛大だ。国民性は、およそその国の地形から影響を受けるものだ、と司馬遼太郎は言ったが、なるほど、タスマニアの大自然の中で育った人々は、心も広くなるようだ。空が、広いのだ。僕はこの土地が、いつまでもこのままであってほしい、そう最後に思ったのだった。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-12-13 22:48

最後の晩餐

一生の友達を作る。
留学生活のひとつの大きな目標だった。

ただでさえ人見知りの激しい自分に、外国人の気の合う友達などできるのだろうか?

そんな不安でいっぱいだった。

でもそれは、杞憂に終わった。

寮のキッチンで知り合った友人達は、二年半の交流を通して一生の仲間と呼べるようになった。






何度同じ食卓を共にしたのだろうか。

皆で、いろんな事を話した。

将来の事、家族、文化の違い、勉強の愚痴、、、、。

僕にとって、とても、とても、ナイスなフレンズ。

友達を見れば、その人がわかる、とよく言うが、もし彼らを見て自分を判断してもらえるのであれば、僕にはもったいないくらいだ。







そんな友人達全員で集まれる最後の晩餐があった。

みんな相変わらずで、ピザを食べながら、あーでもないこーでもないとはしゃいで話していた。

始終、僕は寂しかった。

出会いと別れは必然かもしれないけれど、この日だけは来てほしくない、ずっとそう思っていた。






でも、僕は彼らに会えて本当に良かった。

僕の留学生活は、彼らなしでは語れない。

思い出がいっぱいありすぎて、重すぎて、これじゃ飛行機が重さに耐えられずに墜落してしまいそうだ。




また十年後に再会できた時、変わらぬ笑顔で、またくだらない話ができたらいいな、そう心から思った。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-11-24 17:47

十日遅れの誕生パーティー

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寮の後輩のHろという聖人君子が、吾輩のために十日遅れの誕生日パーティーを開いてくださった。あなたの有価証券、一万株ください。ホント、ナイスです。

そして、それは二年半の留学生活初!
日本人の、日本人による、日本人のためのすきやきパーティーだったのだ!

昔から寮内の日本人の交流があまりにも少なかったので、一度やってみたい企画だった。

和歌山県代表二人による味付けによって独特の関西風味が演出され、参加者六名はふるさとにっぽんを思い出しながら、涙ながらに箸に口をつけたのだった。




うまい、犯罪的に。




そして日本語に飢えた若き日本の男女達は、しばらくぶりの日本語による談笑に熱中した。

僕は、聞いてみた。




「今までで、一番印象に残っている誕生日は?」




「あたしー、実家の裏が禿げ山なんですけど、小三くらいの時、誕生日にそこで遊んでたんですよ。そしたらエロ本発見しちゃって。これは教育上、よくないぞお、と思ってビリビリやぶってたんですよ、ずっと友達と。そしたら夜遅くなっちゃって、親が心配して探しまわっちゃって、わたしが見つかった時にひっぱたかれちゃって。だから、今でもすっごく覚えてるんですよ、その誕生日の事」














、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。







真顔で言うので、かなり笑ってしまった。

やっぱり、この寮に来る日本人は昔からどこか変だ。

でも逆にそれが気に入っている。




パーティーでは、ケーキも出現。好物の白ワインも!

感無量。

ピアノを弾いてくれた子も。

感動の嵐。





僕のために集まってお祝いしてくれた事が、とてつもなく嬉しかった。

スマップ風に言えば、僕の胸のやらかい所を優しく包みこむ感じ。

あまりにもかわいすぎる寮の後輩達に、乾杯。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-10-20 15:02

学科対抗サッカーバトル!

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学部内で学科対抗サッカー大会があった。



試合に出る人も、出ないで応援に来る人も合わせて総勢40名を超えた。
女性のプレーヤーも多く、国籍も様々。にぎやかなイベントとなった。



僕は環境マネジメント科代表。敵は国際経済科!

この野郎、外部性や市場の失敗を考慮しやがれ!

専門柄、そんな冗談も飛び交いつつ、ゲームは始まった。



なんと、皆、結構うまい。

ぼくなんか小中で8年サッカーをやり、豪州でも毎週練習してたのに、そのくらいのレベルのプレーヤーがごろごろいる。

試合は白熱、味方がボールを持てば、声援が鳴り響く。





と、こぼれだまが足元に。

カマル(岬くん!)、ワンツーだ!

パスは通り、ボールは再び僕のところへ。

ゴール前、目の前の敵は二人!

ガラスの貴公子(僕)のフェイントは相手ディフェンダーを翻弄し、可憐に抜き去る。

残る敵はゴールキーパーのみ!

味方の声援は絶頂に達する!

いけえー!よし!

ネオタイガーシュートだああああああああ!



















ぱしゅっ。(ゴールネットが揺れる音)









ピッピー!ゴールを告げる審判の笛が鳴り響く。

そしてそのまま前半終了。

会場のよしコールは鳴り止まない。













俺、かっこよすぎる。









前回の日記とは大違いだ。

ああ、そうか、小中の厳しい練習は、この日のためにあったんだね、ボブ。。。

あんまり気分が良かったので、活躍できなかった後半は省略し、美談のまま日記を終わりたい。。。




とまあ、試合結果はともあれ、普段交流の機会があまりないクラスメイトとも仲良くなれたし、素敵な思い出となった。

卒業間近、皆といっぱい走って、いっぱい声出して、一緒に笑う、そんな楽しい日を過ごせた事が何より嬉しかった。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-10-15 23:12

十月九日実況中継

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十月九日、もう日が傾きかけている。

メールが来ない。

着信ナシ。





いやいやいやいやいやいや。

僕って、ほら、
もう25歳だしい、友達みんな社会人だしい、
今日は平日でしょ?

だから皆まだ働いてて忙しいんだよ。

お昼に私用でメールしたら課長に怒られちゃうってば。








五時。



メールボックス、からっぽ。






いやいや、だからさ、日本の企業って、五時に帰れる事ってまれなんだよ、ボブ。君ならわかるだろう?







七時。

夕飯の支度をする。

何も知らない寮の先輩が味噌汁の残りをわけてくれた。

これって、プレゼント!??





さあ、気を取り直してメールをチェック。

もうそろそろ携帯からメールきてる頃でしょ。





お、母からヤフーのメッセージメール!!さすが母!!

息子の大切な日は忘れない!ありがたい事です。

でもね、母、なんでいつも母のメールは開けないの??






八時。

ダウンロードしておいた日本のドラマ

「翼が折れた天使達」

を鑑賞。そしてさりげなくメールをチェック。











「アドレス帳に登録されている連絡先からは新着メールはありません。」
















天使の翼、ぼっきぼき。













九時。

同じくドラマ

「それは、突然、嵐のように」

を見る。その後メールチェック!





ん!!???これは??

おお、これはSトゥー(大学のサークルの友達)からだ!!

Sトゥー!ありがとう!!あんた神様みたいだー!!

それは突然やってくるんですね、そう、嵐のように!!!

なになに、なんて書いてあるんだ??















「清水帰ってきたら、W大学近くでサークル飲みやろうぜ。(一部省略)」











いやね、すっごく嬉しいんだけどね。

君、何か大切な一文、忘れてるよねー。

「た」から始まって、「う」で終わる一言。










10時。

スタジオジブリ「隣の山田くん」を見る。

人生なるようになるさ!てな感じの映画。

そう、メールなんてこなくても、なるようになるさ!








ティローん。

ん???何だ??

PCの右はしからメッセージが!!

は、、、!?これはもしや!??











「Sちさんから新着メールが届きました!」







ぬおー!Sち!!(同じくサークル仲間)!!!

あんたすげー!!すげーよ!!!

マジックだよ!!!ワンダフルだよ!!!!!

はにゃ???

あれ、待てよ、、セニョール、落ち着け。

タイトルが

「もしかして」

になってるぞうううう!???

んんん、いろんな可能性が考えられる。











「あんたさあ、やっぱりそのまんまアボリジニに帰化するの?
 って、もしかして、過去系???」







っていう「もしかして」かもしれない。。。。


つまり、Sトゥーに引き続き、Sちも大切な一文を抜かしてしまっている可能性は十分にありえるのだ。







心して読むのだ、よしたか!!






なになに??
















「誕生日おめでとさん。

追伸 先日より晴れて、東京・谷中に定住することになりました。(全文)」






















キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!



















東京谷中最高デーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーース!!!!!















俺、政治家になったら絶対谷中に新幹線敷きますからーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!














もう一生そこに居てよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーし!!!!!1!















「もしかして」、

そう、

もしかすると、

今日はわたくしの

誕生日

でーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!












という事で、無事25歳になりました。十時以降にも何件か暖かい誕生日メールをもらえたし、めでたしめでたし。素敵な友達がたくさん居て嬉しいです。友達って、大事ですね。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-10-10 02:25

サラのお別れパーティー

寮に住んでいたオーストラリア人のサラが日本の東大大学院に留学するということで、お別れパーティーに出席した。サラは僕が豪州に来た時に同じフロアに住んでいて、日本語がペラペラだった事もあり、いろいろとお世話になった。たまに英語の添削と日本語の添削の交換をしたり、町に皆で遊びに行ったりしていた。教会とかにも連れて行ってもらった。

しかし、東大の院とは、これまたすごい事してくれるね。学際情報学部で社会学を勉強するらしいが、本人はついていけるのは大分不安な様子だった。でも日本に行くのは五回目くらいだし、今まで二年くらい滞在経験があるので、多分大丈夫だろう。苦手な漢字も、半年もすれば覚えられる。明るい性格なので友達もたくさんできるだろうし、心配要らない。僕も帰国後に東大に遊びに行こうと思う。

サラは宮崎駿のアニメが大好きで論文に題材にもしていたのだが、研究を重ねていくうちに彼が相当な変人だという事に気づき、最終的には

「宮崎駿のアニメなんて大嫌い」

となってしまった過去を持つ。
日本の他の側面で日本を好きになってくれる事を願う。

パーティーにはサラの女友達がたくさん居て、男は僕とさとしとラグーだけのハーレム状態だった。一人かわいらしい子が居て、日本に留学していた経験があるらしい。その子に

「日本の女の子とオーストラリアの女の子の違いは何?」

と聞いたら、

「日本の女の子の方がまじめかなー」

と答えた。いや、びっくり。留学してたのが津田塾大学だからってのもあるだろうけど、日本の女の子の方がまじめなんですね。てっきり逆だと思ってました。

パーティーの終盤には皆で写真を撮って、解散。サラは人望があるらしく、いろんな人が入れ替わり立ち代りハグをして別れを惜しんでいた。こういうのは西洋文化のいいとこなのかな、と感じた。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-10-01 14:47

君のデータがほしいんだけど

寮で同じキッチンをシェアしているパキスタン人のアリが僕の部屋を訪ねてきた。何の用だろ?

「君が前に授業で作ったプレゼンのデータをもし良かったらコピーさせてくれないかな?あれを今度僕のプレゼンに活用したいんだけど」




は、、、、、、!?もしや俺の用意したプレゼンって、誰かが引用したいほどレベル高かったたの?俺もようやく人に役に立てるレベルになったのね。ふふーん、これは気分が良い。

「もちろん、お役に立てて光栄です」

そして、PCからデータをコピーし、アリに渡してあげた。喜んでるアリを見て僕も鼻が高い。
でも、なんで俺のデータが必要なのか気になったので、聞いてみることにした。なぜなら、僕がプレゼンで扱ったのは、日本のケーススタディーであって、パキスタンの人にはあまり関係ないと思われたからだ。

「ね、アリ、なんで日本のケーススタディーのデータなんて要るの」

「いやいや、僕がほしかったのはデータじゃなくって、君がプレゼンに挿入していたおもしろい画像なんだ。。。。。。。。。。。。」







そっちかよ!!!!!!!!!!

確かに僕はこのプレゼンを作る際に、工夫の一貫としておもしろい画像をインターネットから拾ってきて、プレゼンに挿入して笑いを取り、かなりの好評を得ていたのだが。。。でも、でもさ、大学院生になってまで中身じゃなくって、ギャグを評価されるってどうなのかな、それ。いろいろ思うことはあったが、とにかく次は中身のデータをほしがってもらえるようなプレゼンを作ろうと小さく決心するのであった。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-10-01 14:26

人生で一番かっこ悪かった日。

荷物を置きっぱなしにして、大きなグラウンドでジョギングしていたら、オーストラリア人の悪がき三人(推定八歳)が俺のバッグをどこかへ持ち去ろうとしたので、

「おいおいおい、それは俺のバッグだ」

と言ってバッグを取り上げたら、何か英語で叫んでいる。よく耳をすまして聞くと



「バッグの中はなんだ、バックをよこしやがれ!」
「俺にさわったら、ぶっころすぞ!」
「てめー、やんのか、こら!」



と言っている。









は、、、、、、!?

もしや俺(もうすぐ25歳)、今8歳のガキ共に喧嘩売られてる?????

次々に売り言葉をあびせかけてくるが、ここは大人、無視だ。。。。。
と余裕をかましていたのだが。。。。

1メートルくらいの紙質でできた大きなスティックを振り回してポカポカ殴ってくるではないか。。。。痛い。。。。




さすがにバッグを盗まれそうになった上に殴られっぱなしでは気分が悪い。

ガキになめられたら終わりだ。ここは高圧的に対処だ!

そう思って、久々にガンを飛ばして悪態をついてやった。

ふん、所詮ガキ、すぐびびってどっかいくだろ。。。。





甘かった。

やつら引くどころか更に喧嘩ごしになり、パカスカとその棒を使って俺を殴り続ける!

しかも、俺の自転車を発見し、

「あ、あれ、おまえの自転車かあ? ただの自転車みっけー」

と言って、俺の自転車めがけて走り始めた。あきらかに壊そうとしている。




これにはさすがに堪忍袋の緒が切れた。このくそガキ共!

しかし、この時思った。

(あれ、こういう時って、英語でどうやって啖呵切るんだろ?
わっとざへるあーゆーでゅーいんぐ?それとも さのばびっち? ふぁっくおふ?)

結局とっさに出てきた言葉。








「このがきゃー、いい加減にしねーとぶっ殺すぞ!!」















日本語じゃん!!!!!!!!








もちろんガキどもには通じず

「What?」

と一蹴されました。おれ、かっこ悪すぎ。




で、その後は自転車からガキどもをかろうじておっぱらい、しばらくガンくれて脅してやったが、どうも俺の顔は全然こわくないらしい。

しばらく話しても効果がないので、逃げるようにして帰宅する事に。

逃げてる間もガキ共はパカパカたたくのを止めない。。。くそーむかつく。

でもこっちからは絶対手を出せないし。。。

で、出てきた言葉。








「まじほんとたたくのやめてくんないかな?」










次は哀願かよ!!!

てか英語しゃべろーよ!!!!!!!!!



もしその光景を見ていた人がいたなら、僕は死ぬほどかっこ悪い大人に映った事間違いなし。

悪がきの行動に腹が立ったのはもちろんだが、それ以上に悪がきになめられてしまう自分がなさけなくて仕方なかった。

もっと体が大きくて、ちゃんとガキをしかれる英語力があって、堂々としてる人ならこうはならなかっただろーなー、とつくづく思った。

8歳のガキにここまで本気で対応してしまう器の小ささも感じざるを得なかった。

とにかくも、こうして人生で一番かっこ悪い日は終わりを迎えたのであった。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-10-01 14:02

ちょっと楽

二学期が始まってから、息つく暇なくホームワークを提出しつづけてきたが、やっと少し余裕がでてきた。しばらくは授業だけでテストも提出物もない(はず)。ああ、素晴らしい。という事で、今日はヨガ教室、ジム、そしてボタニックガーデンで散歩。図書館で勉強するふりして居眠り。大量のお菓子を買い込み、家でドラマを見続ける。体の調子も良い。そしてこれから九時だというのに就寝。ああ、もう最高。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-09-22 20:22

ボードゲーム

さとし宅に集まり、元寮の友達五人でやたらむずかしいボードゲームに挑戦した。モノポリーを難しくした感じのゲームだが、商談を自由にできるところに資本主義の醍醐味と怖さを感じた。餃子も一緒に作った。タイでも餃子はぎょうざと発音するらしい。餃子(ジャオズ)は元来中国から来たのになんで日本語読みなのよ!と中国人のレベッカは息巻いていた。シドニーで撮った写真も観賞しつつ、なぜかスターウォーズの音楽をバックに真夜中まで談笑していた。こういう時間って大切、だと思った。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-09-11 20:41

セメスターブレイクには風邪をひく

なぜだかわからないが、毎年二学期のセメスターブレイクには風邪をひく。今年も例外ではなかった。きっと疲れていたところに気が緩んだんだろう。頭痛と鼻水と闘いながら、日本のドラマ二本を二日で見た。救急病棟24時(古い)とHERO(きむたくが検事役)。眼精疲労で頭が痛いのか、風邪で頭が痛むのかわからなくなった。気が緩んだからとはいえ、疲れていたのは確かなのだから、とりあえず今は休むしかない。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-09-08 21:31

シドニー

元寮の友達とシドニー旅行に行ってきた。まずは紀伊国屋書店で本を買い、中国の非合法に安いDVDショップでDVDを買った。ルナパークという海沿いにある超マイナーな遊園地にも行った。物凄い超スピードで回転する乗り物があり、遠心力で一番外側に座った友達が押し潰されていて、あれには笑った。二日目にはタロンガ動物園へ。海をバックにキリンが見れたり、ライオンが目の前で見れたり、いろんな工夫がこらされていておもしろかった。何かの間違えかもしれないが、孔雀が普通にフードコートの中をあるいていたのにも笑わせてもらった。歩き疲れて死にそうになっていたのは僕だけで、皆元気に歩き回っていた。食事も中華(やむちゃ)、韓国、タイ料理を堪能した。二日間という短い時間ではあったけれども、羽を伸ばすには充分な時間だった。

昨日はグラジュエイトハウスに住む友達にディナーに招待され、そこで日本語ペラペラのアメリカ人、グレッグさん(33:博士課程)と知り合った。彼は歴史学専攻で、第二次世界大戦時のミクロネシア諸島、日本、アメリカについて研究しており、論文とドキュメンタリー映画を同時製作している非常に興味深い人だった。日本にも十年ほどいたらしい。ミクロネシアの生活や、沖縄の米軍基地、日本遺族会などを取材した話をしてくれた。海際の観光地の裏には必ず軍が関係している事、ミクロネシアの人達が低賃金労働者として搾取されている社会構造、ハワイがアメリカ軍の要になっているという事実、旧日本軍のミクロネシアでの飢餓との戦い、ミクロネシアへのODAがとても少ない事、それには政治腐敗が原因している事、キッコーマンしょうゆの消費量(GDP比)は日本より太平洋諸島の方が多い(キッコーマン社長に取材)などなど、全然知らなかった事ばかりで驚きの連続だった。グレッグさんはそういった世間に知られていない真実を伝えていくことが自分の役目だと胸を張って主張していた。友達の表現を借りれば、まるで「伝道師」のような人だった。自分はそういった天職を見つけ、目を輝かせながら日々邁進している人を誇りに思う。留学して良かったと思うことは、グレッグさんのように日本では絶対に会えない個性的な人にひょっこりディナーの席で出会えてしまう事だと思う。変人と接した数だけ、視野は広がっていく。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-09-07 20:59

私は生きています。

あまりにも更新しなさすぎて、友達から「死んだのかと思った((笑)なし)」というメールをもらったので更新します。生きてます。あんまり忙しかったので。いや、物理的な忙しさではなく、精神的に追い詰められてました。

その後、無事念願の「環境経済学(ちょーむずい)」の単位取得に成功。ちょっと感動。
ただ、テスト直後は絶対落としたと思ったので、埋め合わせのために冬休みに冬季講習を一教科履修。世界銀行やらIMFやらBIS・CRA(しらねー)とか勉強。プレゼンでおもしろ画像をパワーポイントに挿入しまくったら大絶賛。論文は三日で書くという怠惰ぶり。結局環境経済学の単位は来たので埋め合わせはせずに済むはずだったのだが、せっかくだからそのまま履修し、そのおかげで後期は四教科ではなく、三教科だけになった。これでちょっと楽になる!と思ったのがいけなかった。

後期三教科のうちResearch Methodsという教科は前半集中型のコースで、これがまじきついきついきつい。週五回のクラスで、週二回もチュートリアルがあって、その度に1000wordsの宿題。加えて週一回はSTATAという統計ソフトの使い方と、計量経済学理論。で、残りの週二回はレクチャー。短期に5000words論文二回も出してくるし、テストも二回。他の教科も難解な理論方程式が並んでる。殺す気かっつーの!てか日本語で話してよ先生。小学生にでもわかるように、簡単な日本で説明して。難解な事を聞き取りにくい英語で話されると本当にお手上げです。てかネイティブの優秀な生徒も「全然わかんなーい(妙訳)」って言ってたから、留学生にわかるわけないでしょーがー!うきー!

という事で、大学院受験の時を思い出しながら図書館にこもる日々。朝は授業、図書館、昼飯、図書館、晩飯、図書館、はい閉館、帰宅。でもそんな生活もあと二日でようやく終わる。そう、セメスターブレイクが始まるのだ!はい、シドニー遊びに行ってきます。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-08-30 22:38

最近の出来事2

先週の日曜に、ノップに誘われサッカーをした。カンボジア人とタイ人で20人くらい集まった。僕は「中村」と呼ばれていた。中村俊介みたいにうまくないけど。小中とサッカーをしていたので、技術的には俺が一番だろうと思っていたがとんでもない。皆めちゃくちゃうまかった。カンボジア人のおっさん連中が走る走る。体力ありすぎな上にフェイントまでかけてきて、全然ついていけない。運動不足の中、突然かけまわったので、息を切らして倒れそうになった。それでもうまくアシストをしたときなどは褒めてもらえて嬉しかった。その日はつい昔を思い出してしまった。あの時もっと練習していれば、都大会でも上位にいけたんじゃないか、などと無意味に後悔をし始めてしまった。小さい時は毎日毎日サッカーばかりだったから、やっぱり自分はサッカーが大好きなんだって、よくわかった。

PHP新書で富山和子著、環境問題とはなにか、という本を読んだ。結論から言うと、農林漁業を大切にする事が環境保全につながるというもの。まさに自分が考えていた事で、それは自分が農林漁業金融公庫に入庫する志望理由でもあったから、目からウロコ状態で読み進めていった。内容だが、例えばマイ割り箸を持参して、私はエコロジストです、なんて言っている人がいるが、山の自然を守りたいなら、逆に国産の割り箸をどんどん使え、と著者は言う。なぜかというと、日本のほとんどの山は人工林なのだが、日本の林業は廃頽の一途を辿っており、そうした山の守り手がいなければ木を植える人、間伐をして森を管理する人がいなくなり、結果として今この瞬間にも日本の山は荒廃しているのである。よって、割り箸を使って国産の木材需要を伸ばし、林業を復活させる事が結果的に山の守り手を保護し、山に緑を取り戻す事につながると主張する。全くその通りだと思う。経済学を勉強している人と話すと、そうした植林だったり間伐だったり、生態系の視点が全くかけ落ちているので、ぜひ経済学者に読ませてあげたい本だ。自分の就職先を正当化する論理としても大いに役立つだろう。ふふふ。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-05-17 20:43

最近の出来事

しばらく日記を怠けてしまった。勉強がはかどらないのでまとめて書こう。今日は来る来月の試験のために環境経済学、とくに独占市場と完全競争の資源経済を勉強していた。いやはや、大学院レベルとなると意味不明な方程式がたくさん出てきて頭が痛すぎる。とてもじゃないが、自分のレベルではついていけないので、去年この教科を履修して、今環境経済の博士課程にいる聡くんに助けを借りている。論文を見てもらったり、過去問を借りたり、質問させてもらったり、おおんぶに抱っこ状態。彼は造詣の深い人物で、博学。研究者になるために生まれてきたような人だ。いつも学説やら雑学やら、僕の知らない話をしてくれるので興味が尽きない。彼くらい重厚な人物になれたらと思う。
昨日はお世話になったピーターに就職の報告に行った。やはり国際経済学者なので僕の就職先とは敵対しているらしいが、あまりにもスケールの大きい人なのであまり気にしていない様子。「いや、よしくん、それはある意味いい事だよ。君がスパイとしてもぐりこんで、中から改革して農業保護をやめさせればいいんだ。ミッションインポッシブルだよ」なんて言いながら笑っていた。まあ、APEC作っちゃうような人だから、僕のような小物がどこで働こうが興味ないのだろう。でも卒業の時にお祝いしてくれるらしい。随分いい人で、僕も尊敬している。ピーターは、最近北朝鮮のマーケットをオープンする仕事に従事していた。その事によって北朝鮮の経済が回復すれば、何百万人もの人が飢餓から救われるかもしれない。偉大な人だ。僕もいつかそんなスケールの仕事がしたい。
長良河河口堰が環境に及ぼす影響とその対策について5000字の論文を書いている。3500字が終わり、ファーストドラフトを提出した。その過程で学んだ事がたくさんある。マスコミの情報が不正確な事。時代のトレンドに流されやすい事。偏見がはなはだしい事。記者の勉強不足による誤解がそのまま掲載される事画あること。公平な視点を保てない事、等等。何か一つの問題を概観する時に、多様な視点を持つ事が重要である。経済学者は経済だけ、生態学者は生態系だけ、地元は地元の利益、国は国の利益だけを強調している。もっと幅広い視野が必要だ。
一リットルの涙という日本のドラマを見た。一リットルは無理だけど、一デシリットルくらい泣いたと思う。今までで見てきたドラマで最高傑作。映像と音楽の調和が感動を誘う。段々筋力を衰え、ついには立つことも話すこともできなくなる病気と闘う女の子のストーリー。何故泣けるのかといえば、実話だから。実際に昭和を25年間生きた女の子の日記で、今日までに180万部も出版されているらしい。その日記を元にドラマ化されたのだ。家族の絆な友達の大切さ、そして何より健康である事の素晴らしさを痛感した。主役の江尻エリカや母の薬師丸ひろ子名演技だった。

自分も去年コリン性蕁麻疹になり一年間苦しんだので、多少実感しながら見る事ができた。この女の子の病気に比べれば本当に大した病気ではなかったのだが、ちょっとでもストレスを感じたり、体温が上がったり、とにかく汗を感じるとものすごいかゆみに襲われた。頭をかきむしるくらいつらった。もう普通に就職さえできないのかとまで思った。結果として全快したのだが、ドラマを見ていてその時の気持ちを思い出してしまい、更に今健康である事を忘れていた自分に気づいた。自分の生活はラブリーである事を改めて思い知った。ドラマの最期にはモデルになった本人の言葉が掲載されるのだが、それを見てると涙がとまらなくなった。何度も見直すうちに暗記してしまった。最期のその言葉達で締めくくりたい。「冷たい視線に傷つく事もあるけれど、同じくらい暖かい視線がある事を知った」「ころんだっていいじゃないか、ころんだついでに空を見上げれば、今日も限りなく青い空がひろがって微笑んでいる」「胸に手を当てる、ドキドキ音がする、嬉しいな、私は生きている」
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# by yoshi_taka1009 | 2006-05-17 20:24

就職活動終了

就職活動が終わった。長かった。一ヶ月日本に帰国し、毎日会社を回り続けた。
30社にエントリーしたのだが、エントリーシートで切られ、筆記で落ち、面接でも落ち続けた。
想像以上だった。ランクの高い会社であったせいもあるだろうが、自分の無力を痛感した。面接で落とされるという事は半分人格否定されたようなもの。人生で一番落ち込んだかもしれない。

それでも一社だけ内定をくれた。自分としては第一志望群の政府系金融機関からの内定だったので、嬉しかった。農家や漁師に融資をする政府の銀行。地方の支店に行き、田舎へ車で審査に出かけて行く生活が続くらしい。三年ごとの転勤も条件。でも、自分が環境や資源経済学を勉強してきたので、丁度専門にも合致しており、自分に向いている気がする。給料はそんなに良くはないが、その分福利厚生はあついのでとんとんだろうか。社宅も安い。農業や金融の専門知識も身につけられる。体が強くない事や人を押しのけていく性格でないことを鑑みて、両親も祖父母も大賛成。僕もいいと思う。

ただ、国際経済学者であるゼミの先生は大反対。農業を保護すると自由貿易が阻害されるから。それから、小泉政権下で小さい政府を目指す以上、そういった政府系機関は縮小される運命にあるとの事。いや、まったくその通りなのだが、農業保護しないと、ただでさえ低い食料自給率が下がりつづけるし、農地の転用が認められていない現状では稲作放棄地が荒地にあり多大な環境問題を引き起こす可能性がある。

それでも、日本農業の国際競争力強化は必須の条件になっていくだろう。そのためには高付加価値だったり、農業法人化だったり、大規模化がキーワードになるが、当庫はそのための助けにもなると信じる。貿易政策にも、農業保護にも矛盾しない道を模索する事ができたら、と思う。
近い将来は農業融資のスキルをつけて、当庫の国際部門でアジアの農業銀行相手に技術支援をしていきたい。とはいえ、先の事はわからないので、とりあえず立派な社会人になりたい、と今は思う。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-04-28 23:50

帰国

今週の土曜に日本へ向けて帰国する事が決定。しかしそんなに長期授業をお休みして、環境経済学の単位を取れるかが心配でならない。。。。

さとしのオフィスでシャープの適性試験を受けるが、撃沈。難しすぎる。てかWEB筆記って何?企業の怠慢じゃないすかね。筆記画面にアクセスできずにさとしのコンピューターを借りなくてはならなかったのだ。

すでにエントリーの時点で二社落とされる。へこむ。就職活動恐るべし。会わないで人おとすんだもんなあ。誰が書いたか定かではないエントリーシートだけで判断してって、そんなんでいいのか?

生きるって大変ですな。。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-03-22 19:43

ひさしぶりの書き込み

PCが物理的に壊れてしまい、四月の帰国を待って修理しなくてはならず、日記がしばらく滞ってしまった。
新年から今までの生活を簡単にまとめると、夏休みに日本に帰国し、友達と飲み続け、就職活動にも精を出す。
二月末に豪に戻るが、サマースクールでの宿題6000字論文が終わらず、授業についていくどころではない。
それでもWEEK3に完成させ、ようやく授業に、と思いきや、エントリーシート締め切りに追われる日々。
ようやく昨夜、大体の志望企業にエントリーが終わった。これから授業の挽回をはかりたいのだが、来週はまた日本に帰国し、今度は実際に面接に望まなくてはならない。忙しすぎる。

就職活動のテーマは、環境、農業、資源エネルギーの保全を通して社会に貢献できる企業。

全24社。

自分の無能に気づいていながらすべて競争の激しい大企業を選ぶ結果となってしまったが、自分のテーマが公共への貢献である事から仕方がない。もし駄目なら秋採用かボストンフォーラムにかけようと思う。なんとかなるさ、ははは。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-03-18 14:23

まじっすか

いやいやいやいやいや、ギターサークル時代のカップルが婚約だよ。びっくりだよ。先輩のだいすけさんと、同輩のみなこが結婚だってよ。もうすぐだと思ってたけど、ついに来たかー。いやー、そういう歳なんですね。でも二人の結婚式に出れたら嬉しいですわ。なにしろ、サークルのカップルは大抵別れちゃってて、残ってるのはだいすけみなこ組か、ときよしおりえ組くらいなもんですから。僕が帰国してる時に式があるのを願うのみです。それにしてもびっくりしたよ。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-01-07 10:43

新年あけましておめでとうございます

初の海外での年越し。真夜中、キャンベラのど真ん中で夜中に野外コンサート&カウントダウン後、15分に及ぶ花火。ありえない、日本じゃ絶対ありえない。。。西洋カルチャーすげー。
新年だからか、市街地にあるメリーゴーランドが大人向けに開放されていた。むむむ、チャンス!いつか乗りたかったと思っていたのだ。乗ってみると、長い長い。しかも早い早い。ぐるぐるぐるぐる、5分以上回ってた気がする。少し目が回って気持ち悪くなったくらいだ。大人向けのサービス、、、いかしてるよ西洋カルチャー。

「ナーニア」という映画を見た。完全子供向け。ストーリーが単純すぎて見ててつらかった。最近ハリウッド映画に疑問符が付く。CGを使って映像美がより進化されていくのを感じるが、それにストーリーのおもしろさがついて来ない。「キングコング」は映像という意味で楽しめた映画だったが、やはりリメイクであって、ストーリーに新しさがない。「ニューシネマパラダイス」のような、心から感動できるような映画にしばらく会っていない。新しい価値観を持った監督の出現を待つしかないのか。。。

その他は相変わらず環境経済学の勉強ばかり。今日を含めて、あと三日で終わる勢い。サマーコースも9日から始まる。これで来学期は実質2教科を勉強すれば良い事になる。就職活動のためとはいえ、夏休みを使ってこれだけ真剣に勉強したのは初めてだ。TOIECの結果が返ってきた。830点、目標の900点より低いが、予想の800点より高かったので、まずよしとしたい。

合間に友達が書いた小説をよく読んでいる。とても洗練された文章で、プロではないかと思ってしまうほどの出来栄え。将来大物になるに違いない。もう一人小説を出版している友達がいるが、まだそっちの方は読んでいない。日本に帰ってから読むのが楽しみで仕方ない。

パセリを全部収穫した。結局1メートルくらいの大きさになった。立派な花がいくつも咲いていたので、全部もぎ取って部屋に飾ってある。たまねぎも、途中で誰かに盗まれたりとアクシデントを経ながら無事収穫。トマトも一個収穫できた。あまくて、とんでもなくうまい。
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# by yoshi_taka1009 | 2006-01-06 10:40

微分方程式

エブリンの結婚式で偶然知り合った友達をフェナーに招待して一緒に夕食を共にした。シンガポール出身で、今学部で開発学と日本語を勉強しているらしい。随分気のいい奴だったので、気に入って呼んでみたのだ。開発についての話をしたかったのだが、他のメンバーとの兼ね合いから、映画や料理の話ばかりになってしまい、結局最期の数分にしか開発の話はできなかった。なんでも黒柳徹子の本を読んで感化されたらしい。僕もアフリカについての本を読んで随分感動したのだが、まさか外国の人まで影響を与えてるとは。。。おそるべし黒柳徹子。マッシュルームは伊達じゃないのだ。

さとしとレベッカの家でパーティーもした。中国の料理がずらり並んで至極幸せであった。途中に、さとしに就職活動用の自己分析等の文章を見てもらった。予想はしていたが、ものすごい駄目だしをくらう。説得力がない、長い、読むのメンドクサイ。。。でも、とても有用なアドバイスをいくつもくれたので、歓迎すべき失敗であったと思う。さすが経済学博士、文章力も並じゃない。。。その後はさとしの両親らが来たときに撮った写真等を見せてもらったりして余った時間を楽しんでいた。

最近は環境経済学の予習ばかりしているが、これが難しいのなんの。微分方程式がずらりとならんで、難関な部分は一行すら理解できない。微分方程式の解き方自体も最近になってようやく理解した始末。シャンシャンの指導の下に、かろうじて理解できている感じ。ああ、高校の時に数学をもうちょっとしっかり勉強していれば、こんな事にはならずに済んだのに。環境経済ージムー環境経済ー寝る、の生活。頭痛い。b0008852_1335446.jpg
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# by yoshi_taka1009 | 2005-12-22 13:35

最近の出来事まとめて大放出 4

東京電力の伊藤さんという方に、ひょんな事からOB訪問をさせていただく機会をいただいた。ジムで奥野さんに会った時に、就職の相談に乗ってもらっていた時、「東京電力とか、そういうエネルギー関係の会社を考えているんですよ」、と伝えると、「丁度今東京電力の方がMBAを取りに来ていて、クラスにいるよ」と言っていたので、これは!と思い、強引に無理やり引き合わせてくれるよう頼み込んだ結果、心よく承諾していただいた。なんという幸運。さらにさらに、その方は国際部投資部門の主任で、将来有望な方らしい。僕のようなペーペーが頼んでも会えるような人ではないのだが、ANUで勉強していたのが幸いしたようだ。

当日会ってみると、物凄く親切な方だった。一つ一つの質問に、僕の納得のいくまで懇切丁寧に教えていただいた。途中からは僕の方向性をどうすればいいのか、という話にまで発展し、東京電力以外の会社の事まで紹介していただいたりした。結果、東京電力の仕事がいままでより一層魅力的に思えた事と、そして自分がやりたかった事をどういう形で仕事に結びつければいいのかという方向性のようなものが見えてきた。それから、伊藤さんの人柄を通して、東京電力の社風を想像できた。伊藤さんのように、どんな人にでも公平に優しくて、それでいてすごく優秀な人が上司であるならば、それは若いビジネスマンとして一番の幸せであるように思う。ここで伊藤さんに会っていなければ、自分は全く違う職種に応募していたかもしれない事を鑑みれば、今回の面談は僕の人生を変えてしまうほど意味があったといって過言ではないように思う。

会話の途中にAPSEG(僕の学部)の話になった。「あ、よしさんはAPSEGなんですか、じゃあ、APSEGのピータードライスデルって人に推薦状書いてもらえたら、有利にすすめるんじゃないかな」という助言をいただいた。びっくりした。というのは、ピータードライスデルは、何を隠そう、僕をAPSEGに推薦してくれた教授なのだ。まさかピーターが東京電力とそんなつながりがあったとは思いもしなかった。なんだか偉いおっさんだとは聞いていたのだが、どうも偉すぎるらしい。実は豪に来て何ヶ月かしてから知ったのだが、ピーターはAPEC(アジア太平洋経済協力)の提唱者だそうだ。ワーキングホリデービザの提唱者でもある。退官式には、歴代の豪首相三人が肩を並べて出席したと聞く。そんな事も知らずに、僕は一度学科の先輩とピーターの家でピーターの作ったカレーを食べて、ピーターの家の猫とにゃーにゃー言いながら遊んでいたのだった。そのピーターが東京電力とも親しい仲で、伊藤さんのアドバイザーもあるらしいという事を教えていただいた。世の中の狭さと自分の幸運の強さを痛感し、早速ピーターに推薦状を書いてもらえないか恐る恐る頼んだら、「いいよ」と、即答だった。僕はその日嬉しさを隠せずに、アイスクリーム一箱を平らげてしまった。でも、ピーターは「誰宛にすればいいか教えてね」と言っていたので、あつかましくも、また伊藤さんにお願いをして、誰か目を通していただける方を紹介してもらえないか頼んでみたら、心良いお返事。本当に親切な方で、お世話になりっぱなしだ。いつかお礼b0008852_17194737.jpgをしなくては。。。
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# by yoshi_taka1009 | 2005-12-16 16:16

最近の出来事まとめて大放出 3

A few days ago, I attended Evelyn's wedding party. Actually, she used to live in Fenner Hall, then the friends in Fenner were invited to her wedding. Satoshi, Rebecca, Earth, and me wore formal clothes and brought a gift for her wedding. The party was western style, and was held in the small church. Surprisingly, the bishop was woman. According to my friend, Sara, who is devout Christian, bishop are usually a man due to the instruction by a bible. However, there is no strict stipulation that woman cannot be bishop. So, Sara seems very much in favor of woman bishop. She caught a heavy cold and it embarrased ceremony, though.....

Anyway, Everlyn looked so happy to be with Richard. Everlyn is Chinese while Rechard is Australian. Yes, this is international marrige. Therefore, surprisingly, after the female bishop say something , each word was translated into Chinese for attendees who could not understand Englich. This made me feel a new style of wedding and devertification of worthwile.

They decided to marry immediately after they become couple. They are two of a kind. After the ceremeony, all of us tranferred to Chinese restaurant and enjoyed Chinese food. At the second party, many of his or her relatives gave us speech. Far from Japanese speech, their alway tried to make audience laugh, then I didn't get tired of it. That is what Japanese speakers need to do in the party, I think....

I hope Evelyn and Rechard will be happy forever.
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# by yoshi_taka1009 | 2005-12-16 15:52

最近の出来事まとめて大放出 2

レベッカとさとしがフェナーを去って、グラジュエイトハウスに引っ越した。僕が豪に来てからずっと仲良くしていた友達だった。来年の一月にはアースまで寮を出る。そうすると、僕の友達グループはヘンジェンを残してすべてフェナーから出て行ってしまう。いつもキッチンで一緒にご飯食べたり、どこかに遊びに行ったりした仲間だったから、やはり正直淋しくなる。レベッカとさとしが引越した後の9Fはいつもよりがらんとしていて、そこにあるべきものがないような、まるで本が置いていない本棚のような、そんな気分だ。彼らがフェナーに居たというのは、自分の中でかなり大きな位置を占めていたのだと、今更ながらに思った。大学内に住んでいるわけだから、会おうと思えばいつでも会えるわけではある。

そんな二人が経済学修士をトップクラス成績で卒業した。二年間の過程で、生き残ったのはさとしとレベッカと、あと一人ボン(フィリピン人、アジア開発銀行職員)だけらしい。これはスサマジイ。一クラスの中で、生き残ったのは三人!?どんだけ厳しいだそれ!?各国トップレベルの経済学の生徒が集まる修士のクラスで三人だけが卒業???しかもさとしとレベッカはほとんどHD(最高点)を取っての卒業だ。僕からすると怪物レベルだ。ありえない。博士課程に進む人間というのはこういう怪物ばかりなのだと思うとぞっとする。が、普通に話す分には普通の友達である。彼らがバカでも天才でも、僕にとってはどちらでも良い事なのだが、まあ、そんなすげー友達を誇りに思う。

卒業式には、さとしの両親と、学部時代のオーストラリア留学の時のホストファミリーが来ていた。ホストファザーは環境経済学者で、さとしは彼の影響で、環境経済を博士課程でのテーマに選んだらしい。ホストファザーにとっては嬉しい事なのだろう。両親は就職を心配していたが、日本と豪での博士号の位置づけが違う事を説明したら、幾分安心していた(?)様子ではあった。ポーンと息子に出資できる親というのもすごい。
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# by yoshi_taka1009 | 2005-12-16 15:34